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2006年3月24日 (金)

中年の危機

 明治30年代に高学歴の青年たちの間で起こった人生問題ブームは、やがて非高学歴の青年たちや、青年ではない人々(成人男女や少年少女)の間にも、浸透していった。人生問題が広く世間一般の人々の間に浸透していったルートの1つは、明治40年代に台頭してきた自然主義の小説である。

 田山花袋の『蒲団』の冒頭近くで、主人公の竹中時雄(=花袋)が直面している人生問題が語られる。

 今より三年前、三人目の子が細君の腹に出来て、新婚の快楽などはとうに覚め尽くした頃であった。世の中の忙しい事業も意味がなく、一生作(ライフワーク)に力を尽くす勇気もなく、日常の生活-朝起きて、出勤して、午後四時に帰って来て、同じように細君の顔を見て、飯を食って眠るという単調なる生活につくづく倦き果てて了った。家を引越歩いても面白くない、友人と語り合っても面白くない、外国小説を読み渉猟っても満足が出来ぬ。いや、庭樹の繁り、雨の点滴、花の開落などという自然の状態さえ、平凡なる生活をして更に平凡ならしめるような気がして、身を置くに処が無いほど淋しかった。道を歩いて常に若い美しい女、出来るならば新しい恋を為たいと痛切に思った。

 三十四五、実際この頃は誰にでもある煩悶で、この年頃に賤しい女に戯るるものの多いのも、畢竟その淋しさを医す為めである。世間に妻を離縁するものもこの年頃に多い。

 出勤する途上に、毎朝邂逅(であ)う美しい女教師があった。渠(かれ)はその頃この女に逢うのをその日その日の唯一の楽しみとして、その女に就いていろいろな空想を逞うした。恋が成立って、神楽坂あたりの小待合に連れて行って、人目を忍んで楽しんだらどうだろう・・・・。細君に知れずに、二人近郊を散歩したらどう・・・・。いや、それどころではない、その時、細君が懐妊しておったから、不図難産して死ぬ、その後にその女を入れるとしてどうかなどと考えて歩いた。(新潮文庫版、pp.11-12)

 ここに描写されている主人公の心理は、現代社会における「中年の危機」そのものである。30代半ばを「中年」と呼ぶには早過ぎると思うかもしれないが、当時と現代の標準的な人生の長さの違い考慮するならば、当時の30代半ばはすでに「中年」である。主人公が出勤の途中で見かける美しい女教師を、ダンス教室の講師に替えれば映画『Shall we ダンス?』になるであろう。竹中時雄の煩悶は藤村操の煩悶と比べればあまりに通俗的である。『蒲団』の功績、一般に自然主義の小説の功績の一つは、凡庸な人生問題を赤裸々に述べることでそれに市民権を与えたことである。普通の人生の普通の悩みではあっても、それは語るに価する悩みであることを、自然主義の小説は示したのである。すなわち人生問題の大衆化である。

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