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2006年3月12日 (日)

南風

 1907年の西洋の絵画を代表する作品がピカソの「アヴィニョンの娘たち」であるとすれば、同じ年の日本の絵画を代表する作品は和田三造の「南風」ではないだろうか。筏に乗って大島沖を漂流する男達の姿を雄々しく描いた、日露戦争後の高揚した時代の気分がよく表現されている作品である。

 地下鉄東西線の竹橋駅を上がってすぐ、北の丸公園の一角に、東京国立近代美術館がある。展示フロアーは4階に分かれていて、最上階から始まって時代を追いながら下の階に降りていくという作品配置になっている。「南風」は4階のフロアーの「第1章-1 明治・大正期の美術 文展開設前後」という順路のスタート地点にあたるコーナーに常設展示されている。「文展開設前後」の「文展」とは「文部省美術展覧会」のことで、1907年10月25日から11月30日まで第一回が開催され、「南風」が洋画部門の2等(1等作品はなかったので、事実上の最高賞)を受賞した。

 東京国立近代美術館の作品展示が「文展開設前後」からスタートしているという事実は、「日本の近代美術」の成立を考える上で、示唆的である。西洋の絵画と出会って、その技法を積極的に採り入れた作品の創作に情熱を注いだ日本人は文展開設のずっと前からいた(高橋由一や浅井忠や黒田清輝ら)。しかしたんにそうした個人やグループが存在しているだけでは「日本の近代美術」という制度(ディルケームのいう社会的事実)は立ち上がらない。立ち上がるためには国家の後押し(介入)が必要だった。開国以来、富国強兵をスローガンとして国造りを進めてきた日本が、ロシアという一等国の一角を倒した(少なくとも国民はそう認識していた)ことを契機として、文化政策にも本格的に目を向け始めたことの表れの一つが文展開設であった。

 竹橋は大学への通勤の途中にある駅なので、私はときどき東京国立近代美術館に立ち寄って、「南風」を眺める。群青の海、白い波頭、晴れ渡った空。漂流中とはとても思えない、きりりと引き締まった男達の肉体と表情。カラリとした明るさと、すがすがしい風と、不屈の精神に溢れた絵である。和田三造や文展を観に来た人々は、これから先、日本国が辿るであろう道筋について、どんなふうに考えていたのだろうか、ということを私は考える。

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