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2006年3月20日 (月)

立身出世

 「清水幾太郎と彼らの時代」のキーワードの一つは「立身出世」である。

 立身出世とは、社会学の言葉で言い換えれば、社会階層間の上昇移動である。社会的資源(お金、権力、権威、知識、愛情、時間、健康的な環境など人々の欲望の対象となるもの)が社会のメンバーに不平等に分配され固定化されている状態を社会階層と呼ぶ。社会階層は古来から存在するが、近代社会の特徴は階層間の移動が正当化されるとともに、実際に階層間の移動が活発になったことである。階層間の移動は、学校教育を経由して、職業選択や配偶者選択を契機として起こり、その際、地域移動を伴うことが多い。階層間の移動は一人の人間の生涯の中で起こることもあれば(世代内移動)、親と子の間で起こることもある(世代間移動)。人は自身の立身出世ばかりでなく、配偶者や子どもの立身出世も願う。こうして近代社会の人生の物語は立身出世(成功)というテーマをめぐって編成されることになる。「大きくなったら何になる?」という問いは近代社会の子どもたちに固有な問いである。子どもたちは大人から繰り返しこの質問を受け、それに答えることを通して、人生とは何かになる過程であるという感覚を内面化していく。その日その日を漫然と生きることではなく、将来に目標を設定し、その実現に向けて努力することが人生というものなのだと考えるようになる。自伝というものがすぐれて近代の文学のジャンルであることの理由がここにある。

 清水幾太郎の二冊目の自伝『私の心の遍歴』に小学生の彼が「リン」と呼ばれる竹を立てかけておく場所(清水の家は竹屋という商売を営んでいた)に登る場面が出てくる。

 私が子供であったせいか、リンは非常に高いものに思われました。小学校へ入ってからは、時々、このリンの天辺まで登ってみました。或る高さまでは、ギイギイとしなう長い梯子で登れるのですが、それ以上は、リンに縋って登らればなりません。天辺まで登ると、何でも見えます。そして、何という明るさでしょう。正面の小学校の高い建物は目障りで困りますが、少し方向を変えると、平常は仰ぎ見るような建物が、一つ残らず、私の眼下にあります。銀行も会社も大商店もお屋敷も、すべて私の眼下にあります。無数の家々の屋根を越えて、直ぐ目の前に、日本橋の三越が見えます。私は、幾度か、このリンへ登って、快哉を叫びました。黙っていようとしても、明るい叫び声が腹の底から出て来てしまうのです。何でも見えるのです。何も彼も明るいのです。私は、竹屋という商売に大きな誇りを感じていました。(著作集10、pp.238)

 清水の家は昔から竹屋であったわけではない。祖父は旗本であった。その祖父(天保六年=1834年の生まれ)が維新のときに俸禄の奉還と引換にもらった現金を元手に趣味を生かして始めた商売が竹屋なのであった。いわゆる士族の商法というやつで、時代の先を読んだ商売でもなかったから、暮らしは貧しかった。しかし元旗本というプライドだけは高く、清水が生まれたときに着せられた産衣は十五代将軍慶喜が着たものであったという。幼い清水は家に集まる老人たちが「世が世なら、あの子だって・・・・」と語るのを襖越しによく聞いたという。幼年時代の清水の周囲には没落という下降的社会移動の湿った空気が漂っていた。清水はそこから立身出世の学問的形態を志していくことになる。

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