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2006年4月 3日 (月)

忘れられつつある思想家

 私は清水幾太郎を論じた論文を数本書いているが、その中に「忘れられつつある思想家-清水幾太郎論の系譜-」がある(早稲田大学文学研究科紀要44ー1、1999年)。このタイトルがハーバート・ノーマン『忘れられた思想家-安藤昌益のこと-』(岩波新書)を意識したものであることは、ある年齢以上の読書家にとっては説明するまでもないことなのだが、ある年齢以下の人たちにとっては必ずしもそうではないようである。これは、和歌でいえば「本歌取り」というやつで、有名なところでは、定家の「駒とめて袖打ち払ふ蔭もなし佐野の渡の雪の夕暮」は万葉集巻三の「苦しくも降りくる雨か三輪が崎佐野の渡に家もあらなくに」を本歌としている。本歌取りという技法は、当然、読み手が本歌を知っていること(一定の文学的教養)を前提としているわけで、二つの歌を重ね合わせながら読んでもらうことで、作品に奥行きが与えられると同時に、作者と読者の間で一種のコミュニケーション(「ご存じですよね?」「もちろん!」)が成立するわけである。こうした伝統的技法はいまでも引き継がれていて、たとえば、三谷幸喜の「12人の優しい日本人」はレジナルド・ローズの「12 Angry Men(十二人の怒れる男)」のパロディである。もちろんそんなことを知らなくても、「12人の優しい日本人」は十分に面白い芝居なのだが、そういう背景を知っていれば、そこに日米文化比較という視点が加わって、十二分に面白い芝居になるのである。

 閑話休題。清水幾太郎が「忘れられつつある思想家」であることを私が実感したのは、清水の死から10年目(1997年)に出版された『日本史広辞典』(山川出版)に「清水幾太郎」という項目がないことに気づいたときである。あの「日本史の山川」が出した辞典に「清水幾太郎」の名前が載っていないというのは、大変なことである。なぜなら「清水幾太郎は歴史に名前を残すべき人物ではない」という判断がそこで下されたわけだから。『日本史広辞典』には、「丸山真男」「福田恆存」「大塚久雄」「川島武宜」らの名前は載っている。「宮本顕治」や「大江健三郎」といったまだ鬼籍に入っていない人の名前も載っている。うっかりではないとすれば、「清水幾太郎」が外された理由はなんだろうか? 論文の中で私は次のような推測を行った。

 山川出版社の『日本史小年表』は携帯に便利なので、私は愛用している。しかし、この年表には一つ欠点がある。それは一九二八年六月二九日に「治安維持法改悪」と書かれている点だ。 これは「治安維持法改正」でなくてはならない。「治安維持法改正」とは一九二五年四月二二日に公布された治安維持法では最高刑が「十年の懲役」となっていたところを、「死刑又は無期 」に引き上げたことをいう。治安維持法は悪法であるから、その改正は「改悪」を意味する、と言いたい気持は分かる。しかし、それは教師が授業の中で言えばいいことであって、あらかじめ 年表に書くべきことではない。一旦そういうことをしてしまったら、他の法改正についても同様のチェックをしないわけにはいかなくなるが、『日本史小年表』はそれはやっていない(まさか、 チェックはしたが、治安維持法改正以外のすべての法改正は「正しい」ものだったというわけではあるまい)。こうした「細工」を年表に加える出版社から出た歴史辞典に、治安維持法を弁護した 「清水幾太郎」の名前が載っていないのは当然のことなのかも知れない。

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